“◇もし自分が人格批判をされたら。
もしも掲示板などで自分が人格批判をされたら、その時点で相手との議論を打ち切るべきでしょう。しかし、どうしても反論したいときは、次のようにするとよ いでしょう。

1.メモ帳を開いて、相手の書き込みをコピー&ペーストする。(掲示板のとき)
2.文章から人格批判の部分をすべて削除する。
3.失礼な文体をふつうの文体に編集してみる。
4.結論と根拠の関係をわかりやすく整理する。
こうすれば、相手の主張の論理構造が見えてくるので、反論しやすくなります。”

“普段なら流せることが気になったり何気ないひと言にカチンときたりする時は「なつひさお」に注意とフォロワーさんに教わりました。
な…悩んでる時
つ…疲れてる時
ひ…暇な時
さ…寂しい時
お…お腹がすいてる時、お金がない時
これらの状態は「強迫確認」という症状が出やすいそうです。注意。”

“AかBかで悩んだときは、まったく別のCが、良い答えであることが多い。”

“メロスは激怒した。激怒したが、その怒りを口にすれば、きっと炎上する。メロスはそっとブラウザを閉じ、暫くネットを断つ事を決め、苛立ちを解消するために、走る事にした。走れメロス。ネットで暴れるよりも、その方がいい。”

boooook:

ヴォネガット作家交遊録
「現代作家ガイド6 カート・ヴォネガット」 彩流社 p213

boooook:

ヴォネガット作家交遊録

「現代作家ガイド6 カート・ヴォネガット」 彩流社 p213

(via dix-neuf)

“人と会話するプロトコルの実装が欠けてるからその場その場で手動でやってるんですよ”

 読みながら思い出したのは、マンガ『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い』だ。昨年、主人公が「社交不安障害」であるように思われるが日本ではそのように読まれていない、と海外で指摘されて話題になっていた(※2/23 『社会不安障害と向き合う』の管理人様からご連絡をいただきリンク先を修正しました)。このマンガの受け止められ方は、それに似てくるのかもしれない。

 この生きづらさを「障害」として指摘すると、マンガに「あるある」と共感した人たちからはどう評価されるだろうか。きっと不要な「ラベリング」として嫌われるのではないか。人とうまくコミュニケーションをとって生活を送れないことを「障害」と呼ぶのは大げさだと。「障害者」扱いされることで排除されるという懸念も生まれるだろう。もう少し理屈っぽい人は、問題が過度に医療化・個人化されることで、社会のあり方が問われなくなると言うかもしれない。

 ある種の「生きづらさ」を「障害」と呼ぶのは、問題を本人や医師に押し付けるためではない。むしろ問題を社会に開くために「生きづらさ」を「障害」と呼ばねばならないのだが、生きづらさにはグラデーションがある。「今の世の中で生きづらくない人なんて、いない」と言われてしまえば、すべては「甘え」とされてしまう。「考え方」の偏りが問題とされるような特性は、「ネガティブな人」と地続きだ。

 そして、このマンガの主人公は就職活動を機にして自分の「考え方」を変えることで前を向こうとしている。主人公に「いろいろ深く考えすぎ」と感じていた読者は「それしかないよね」と思うかもしれない。「みんなそうやって生きていくんだ」と。

 しかし、「考え方」を変える、のは誰の力によって可能なのだろう。自力で変えられるだろうか。そもそも「考え方を変える」という「考え方」ができるのかどうか。主人公は人生における喜びを感じられる機会をたくさん得られてもいるようだし、大学での友人関係にはとても恵まれているように思えた。同じような特性に悩まされている人たちが、同じように「考え方」を変えられるようになるかどうかはわからない。

 固有名詞以外で呼ばれたくない人を「社交不安障害」と呼ぶ必要はないと思う。ただ、「生きづらさ」が個人の力ではどうにも乗り越えられずに、医療の力や周囲の理解も含むような強いサポートが必要とされる事態はある。それは生きづらさにおける「程度の問題」なのだろう。

 この「程度の問題」という便利だけれどひどく曖昧な表現にもっと具体的なガイドラインを設けていくことが、精神医療の中ではなく「世の中」に求められているのではないかと思う。どこからどこまでが個人の「考え方」で解決できるような問題ではないのかを、正しく啓発していくためには、「自分の力」で生きづらさが解決されていったように見える過程を丁寧に観察したい。「考え方」の転換はよく自覚されていない恵まれた環境が支えているのかもしれない。


知っておきたい世界のネットの笑い方
日本 www
アメリカ lol
スペイン mdr
フランス mdr ptdr
スウェーデン asg
ドイツ ggg
デンマーク ggg
アフガニスタン mkm
タイ 555
中国 哈哈哈
韓国 kkk
フィリピン Jejeje
————————————————————————-


lol→Laugh Out Loud(大笑い)
mdr→multe da ridoj(とても笑う)
mdr→mort de rire(死ぬほど笑う)
ptdr→pété de rire(死ぬほど笑う)
asg→asgarv(大爆笑)
ggg→gはgrinsen(笑顔)の頭文字
mkm→ma khanda mikonom(私は笑っている)
555→タイ語では「5」を「Ha」と読むため
哈哈哈→「ハハハ」と読むため
kkk→「ククク…」という笑い声を表現しているよう。ハングル表記だと「ㅋㅋㅋ(kkk)」となります
Jejeje→「J」を「H」と発音するのでハハハに近いそうです

いじょうです〜


Twitter / kamo1023 (via maido3)

スペイン語圏ではjajajaもよく見かけます

(via ranpie)

(via fialux)

“昔大学のサークルで「どんな会話にも使える返し」を研究したことがあって、最終的に同率一位を獲得したのが「人生みたいだね」と「それをぶち破るのがロックだ」だった。”

宗教『こう生きなさい』  哲学『なぜ生きるのか』  科学『生きるとは何か』  文学『もしこう生きられたら』  芸術『これが生きる形だ』  歴史『それが生きた証だ』  美学『そうやって生きたい』  世論『生きてさえいればいい』  医療『生かしてみせる』  役所『生きている事にする』

clione:

加齢に伴い身体能力が低下することは誰もが体感することだが、具体的には次のような形として現れる(高齢者にとってのユーザビリティ)。
視覚機能の低下
老眼による近視力の低下
暗順応の低下
視野の狭まり
短い波長の色(青、緑)の感度低下

聴覚機能の低下
高い周波数帯の感度の低下

知覚機能の低下
奥行き知覚の不正確さ

反応時間の低下
全般的な遅延

注意機能の低下
選択的注意機能の低下

記憶機能の低下
作業記憶能力(認知的処理能力)の低下

上記と項目は若干異なるが、労働科学研究所の調査によれば、若い時の能力との対比としては次のグラフのようになる。UIと強く関連する項目の中では、視力、聴力、記憶力、学習能力、運動調整力などの低下が大きいことが分かる。高齢者向けのUIの設計においては、この事実を強く意識する必要がある。
(via 富士通らくらくホンに見る高齢者に使いやすいUIのあり方 - A Successful Failure)

clione:

加齢に伴い身体能力が低下することは誰もが体感することだが、具体的には次のような形として現れる(高齢者にとってのユーザビリティ)。

  • 視覚機能の低下
    • 老眼による近視力の低下
    • 暗順応の低下
    • 視野の狭まり
    • 短い波長の色(青、緑)の感度低下
  • 聴覚機能の低下
    • 高い周波数帯の感度の低下
  • 知覚機能の低下
    • 奥行き知覚の不正確さ
  • 反応時間の低下
    • 全般的な遅延
  • 注意機能の低下
    • 選択的注意機能の低下
  • 記憶機能の低下
    • 作業記憶能力(認知的処理能力)の低下

上記と項目は若干異なるが、労働科学研究所の調査によれば、若い時の能力との対比としては次のグラフのようになる。UIと強く関連する項目の中では、視力、聴力、記憶力、学習能力、運動調整力などの低下が大きいことが分かる。高齢者向けのUIの設計においては、この事実を強く意識する必要がある。

(via 富士通らくらくホンに見る高齢者に使いやすいUIのあり方 - A Successful Failure)

(via rcxtester)

“コミュニケーション能力ってなんだ?

以上から、職場におけるコミュニケーション能力は、以下の5つにブレークダウンすることができると考えます。

・情報伝達重視型 → 事実(facts)を正確に、かつ迅速に伝える力
・問題対応型 → 事実に基づいて、理由を組み上げ、提案をまとめる力
・対話型 → 自由なムードをつくり、周囲を真剣な話題に巻き込む力
・個別対応型 → 相手に共感する力(SQ)
・人間関係維持型 → 人に笑ってもらう力”

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